パリ行きのチケットは「NISLab」が勝ち取る

それではImagine Cup 2008 日本大会に移ろう。この日、決戦に臨んだのはNISLab(松下知明、加藤宏樹、清水誠、中島申詞)、IAMAS(三浦剛史、淺野哲也、松浦星太、村木優貴)、EMET(足立博、渡邊徹志、岡本道明)の3チーム。会場に詰めかけた300名以上の聴衆と審査員を前に10分間のプレゼンを行なった。緊張で思うように話せなかったり、手元が震えて操作に手間取ったり、審査員の質問にうまく答えられなかったり……各チームがチャレンジを終え、しばしの審査タイム。グローバル消費電力管理システム「ECOGRID」による世界規模の電力削減を提案したNISLabの4名が日本代表に決定した。同チームの加藤宏樹氏がプレゼン開始前、「初めての海外旅行をフランスにしたい」と意気込みを語ったとおり、見事パリ行きの切符を手にした。

優勝したNISLabの面々。写真左から、加藤宏樹氏、清水誠氏、中島申詞氏、松下知明氏

Imagine Cupへ参加した動機は「.NETへの興味から」(松下氏)。昨年7月に出場することを決め、「両立はそこそこ大変」という中、卒論や研究と並行する形で準備を進めてきた。5月現在は3名が同志社大学大学院、1名が京都大学大学院に所属している。NISLabが考案したシステムは、各家庭の消費電力状況を共有し、ネットワーク経由で協力しながら機器の電源を制御して世界規模でムダな消費電力を削減、最終的に地球温暖化の抑制につなげるというものだ。名称のECOGRIDは、「世界中の計算機のパワーを集めてスーパーコンピュータ以上の処理能力を実現するグリッドコンピューティングのアイデアをエコロジーに利用」するという構想からつけた。「全員がストーリーに納得するまで徹夜で作り上げた」というプレゼンは、問題定義に始まり、電力消費の状況を示す地図インタフェースの操作や、会場から京都府内の研究室にある電灯を消すデモンストレーションなどを交えた。プレゼン資料やソフトのインタフェースは英語で作成するなど、世界大会を意識して準備しているところは、評価で優位に働いた点だろうか。

スピーカーを務めた加藤氏。背後の時計はプレゼンの残り時間を示す。持ち時間の10分をオーバーした場合は減点だ

スライドの英文はニュアンスが正確に伝わるよう何度も練って作成した。世界大会ではプレゼンも質疑応答も英語で行なう

このままだと世界で勝つのは厳しい?

課題も残る。審査員とのQ&Aセッションで、世界大会でも電力消費をポイントにしたソリューションが出てくる可能性は高いと指摘されたほか、会場からもセキュリティ面での疑問が投げかけられた。記者会見での講評では、「最終的には世界大会で通用するか。それが実社会で使えるものかという点を中心に採点した。世界大会を一度経験している身からすると、正直しんどいところが多々あることは確か」(中山浩太郎 東京大学 知の構造化センター 特認助教)、「非常に僅差だった。厳しい言い方になるが、それはどのチームがパリに行っても同じということ。相当に練らないとならない」(竹内郁雄 東京大学大学院教授)という厳しいコメントも。NISLabのメンバーが「自分たちに足りないものがある。弱点を変えていかなきゃならない」と話すとおり、フランス大会までの2カ月間でプレゼン内容と事業プランのさらなるブラッシュアップを期待したいところだ。

「Imagine Cup 2008 日本大会」最終結果
結果 チーム名 作品 メンバー
1位 NISLab グローバル消費電力管理システム「ECOGRID」 同志社大学大学院:松下知明、加藤宏樹、中島申詞 京都大学大学院:清水誠
2位 IAMAS 3R促進ウェブサイト「Reco」 国際情報科学芸術アカデミー:三浦剛史、淺野哲也、松浦星太、村木優貴
3位 Team EMET 新次元地図情報システム「moQmo」 東京大学大学院:足立博、渡邊徹志 北陸先端科学技術大学院大学:岡本道明

差はわずか、他チームも高評価

僅差の勝利だった。審査員の赤堀侃司 東京工業大学大学院教授は優勝チームの選定について「最後の最後までもめた」と話した。ごみ問題に挑んだIAMASの「Reco」は、「明日からでも使えるシステム」と好評を得ていた。Team EMETの「moQmo」を推す声も強かった。環境に対するダイレクトなソリューションではないが、魅力的……そんな声を集めた。

IAMASの「Reco」は完成度の高さが評価されていた

Recoは、「無意識の3Rを実現」(三浦氏)するWebサービス(3R=Reduce/削減、Reuse/再使用、Recycle/再利用)。不用品のWeb取引や商品情報の共有で消費者の環境保護意識を高め、ごみの排出につながる過剰購買の抑制につなげる仕組みを考案した。ただ、消費活動の抑制が企業にどんなメリットを提示できるかといった利害関係の調整面で指摘が入った。moQmoが提案した"新次元地図情報システム"は、マイクロソフトの地図サービス「Windows Live Maps」に"時間軸"を盛り込んだWebアプリケーション。地図上に電車の運行状況やゴミの廃棄状況、大気状況などが表示され、過去・現在・未来(未来は未実装)と環境が変遷する様が見てとれる。それが環境に対する意識改革につながるというものだ。このユニークなmoQmoに対しては、環境に直接的な影響があるのか、プレゼン時に未実装だった未来環境のシミュレート機能が意識変革の点では重要なのではといった意見があげられた。

Team EMETのプレゼンはムービーを交えたり、舞台全体を使ったりと、聴衆を引き込む工夫が見られた

大会を終えてIAMASリーダーの三浦氏は、「Imagine Cupへの参加を決めてからはかなり大変だった。環境というテーマが難しく、コンセプトを決めるのに時間がかかった」と話す。「世界につながることに魅力を感じ」て参加を決めたが、チームでコンセプトを決め、プロジェクトを進める苦労を実感した。Team EMETの足立氏は活動を継続していくという。「これからもこのシステムを発展させて、目的である"皆に使ってもらえるもの"にしたい」。最後、審査員からは「まだまだ君たちの未来は明るい」と、Imagine Cupに限らず、他の機会でも今回のコンセプトを披露していってほしいとエールを送られた。