東京都写真美術館(東京都目黒区三田)の地下1階映像展示室にて29日より開催されている「紫禁城写真展」では、明治の日本人写真家・小川一真がとらえた清朝末期の紫禁城を写した作品が日本で初めて一般公開されている。
「紫禁城写真展」。北京オリンピックが開催される中国・北京を代表する建物「故宮博物院」は、かつて「紫禁城」と呼ばれていた。その建築群は、1987年に世界遺産に登録されている |
世界最大級の皇宮「紫禁城」
小川一真 写真蔵:小川益子。小川一真(おがわ・かずまさ)。1860年、忍藩(現・埼玉県行田市) 出身。1882年に渡米。コロタイプ印刷術や乾板製造法を学び、帰国後は写真家として活躍した。写真印刷を日本に普及させ、写真乾板の国産化を試みるなど、日本の写真文化の発展に多大な業績を残した明治日本写真界の牽引者としても知られる。1929年没 |
宇宙の中心と讃えられ、500年にわたり栄華を極めた中国皇宮「紫禁城」。72万平方メートルの敷地に立つ世界最大級の皇宮であり、1911年までの間に明・清時代を含め24人の皇帝が居住し、政治の舞台となった。 当時、一般の人々が立ち入ることが許されず、世俗から隔離された聖域であった紫禁城の姿を清朝が滅びる直前の1901年、記録写真として収めていたのが日本人写真家・小川一真である。
小川一真は、さまざまな名所や風俗、文化財をはじめ、日清・日露戦争、明治天皇の大喪の礼など日本の歴史を伝える多くの被写体をとらえてきた写真家である。中でも、われわれに馴染みのあるものといえば、以前の千円札に描かれた夏目漱石の写真だろうか。そんな彼が、建築家・伊東忠太の調査プロジェクトのもと、1901年に終焉を迎えつつある紫禁城の姿を三百数十枚のガラス乾板に収めていたのである。その成果は、1906年に写真集『清国北京皇城写真帖』として、東京帝室博物館より限定出版されたが、その後東京国立博物館に眠ったままになっていたという。今回の展覧会は、その歴史的写真とともに、中国人現代写真家・侯元超が2005年に撮影した現在の"故宮(旧紫禁城)"の姿を併せて鑑賞できる非常に興味深い内容となっている。
モノクローム写真に100年の時を想う
2005年に撮影された侯元超の作品。会場では、入ってすぐの展示スペースに、侯元超の作品が並び、その奥の部屋に小川一真が約100年前に撮影したオリジナル・プリントの中から、厳選された70枚が展示されている |
同展覧会の見所は、中国人現代写真家・侯元超の作品と小川の作品との対比である。総展示数約90点のうち、20点が小川とほぼ同じアングルで撮影した侯元超の作品である。
上の2つの作品を比較していただきたい。左の小川の作品では、清朝では義務となっていた辮髪頭の少年が写されているのに対して、同じアングルで撮影された侯元超の作品では、デジカメやヘッドホンプレーヤーを身につけた女学生が笑顔を見せている。同じ場所、同じ空間を写しながらも、そこには進み続ける"時"の存在があることを意識させられる。現代という時代に、あえてモノクロームで撮影された侯元超の作品が併せて展示されることで、鑑賞者は100年のときの流れを感じざるを得ないのだ。
展覧会に寄せて侯元超は「紫禁城という場で暮らしていた全ての人々の存在を、写真を通して感じてもらいたい。現在の紫禁城には全ての建築物が残っているわけではないが、彼らの想いは色あせることなく、今でもここに残っている」と語っている。
同展は、世界的な文化遺産である紫禁城の写真を通じて、100年の歴史を追想する機会を与えてくれるはずだ。また、芸術作品、歴史的資料として、さらには文明資産として、単なる記録写真の域を超える小川が遺した作品を鑑賞することで、写真技術が文化継承に果たした役割とは何かを考えてみるのもよいだろう。
展覧会名 | 紫禁城写真展 |
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会場 | 東京都写真美術館 地下1階映像展示室 |
会期 | 2008年3月29日(土)~5月18日(日) |
開場時間 | 10:00~18:00(木・金は20:00まで) |
休館日 | 毎週月曜日(5月5日を除く)と5月7日 |
料金 | 一般 700円/学生 600円/中高生・65歳以上 500円 |
主催 | 朝日新聞社 |
作品保存の観点から、小川一真のオリジナル・プリントは前期(3月29日~4月20日)と後期(4月22日~5月18日)で展示替えを行う