カード型カメラの本家カシオから、最新のEXILIMカード「EX-S10」が発表された。オートシャッターなどの新しい機能を備えながら、わずか15mmという薄さを実現し、デザインには日本の“匠”のテイストを盛り込んだという。この意欲的なモデルについて、開発者に話を伺うことができたのでお届けしよう。
自動で撮れるオートシャッターが楽しい
―― 「EX-S」シリーズということで、当然カード型だと思いますが、今までの流れと違うのでしょうか?
今村 今回の「EX-S10」は基本的にはEX-Sシリーズ、つまり“EXILIMカード”という商品ラインナップの後継に位置付けられるものです。ただ、最初は小型・薄型を突き詰めて毎日持ち歩けることをコンセプトにしてきましたが、このところ液晶モニターの大型化に伴って、少しずつボディも大型化したという流れがあります。今回、このEXILIMカードシリーズを見直してみようと。ちょうど時期的にもこのサイズに収まるような1000万画素のCCDが作られたこともあって、世界最小・最薄の1000万画素を目標として開発してます。
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―― EXILIMカードの流れが変わるわけですか?
今村 変えたいということではなく原点復帰ですね。毎日持ち歩くためにサイズ感を追求して、カードとして使いやすいサイズに高性能を搭載しました。持ち歩いてもストレスのないサイズ、薄さ、それとプレミアムな外観。そういったものを目指しています。
―― では機能的なポイントからお願いします。1000万画素以外では?
今村 新しい試みとして液晶パネルに新方式のものを採用しました。これはコントラスト比を非常に高くできるのが特長で、屋外での視認性ですとか、表示の画質面などで強烈なインパクトがあります。ただ、難点もありまして、原価が非常に高い(笑)。
―― 従来液晶と比べてどれくらいコントラストが上がりますか?
今村 ざっと従来比で3倍くらいのコントラストを実現しています。液晶の表示を明るくするにはバックライトを強くすればいいわけですが、すると黒が浮いてしまう(従来のTN方式)。ですがこの新型液晶は黒が非常に引き締まって、ただ明るいだけではなくクッキリ見えるようになりました。これはぜひ比べてほしいです。
―― 視野角はどうですか?
今村 数値は公表しておりませんが、従来よりもずいぶん良くなっています。それと、従来は左右はよくても上下が狭いといったものもありましたが、これは上下左右ともに視野角が広がっています。
―― (下から覗く)見えますね! ローアングルやハイアングル撮影がありますから、カメラの液晶は絶対に広視野角のほうがいい。
今村 従来から問題にしてきたんですが、明るさ、コントラスト比、それから視野角ですね。この3つがようやく満足できる液晶が搭載できたんじゃないかと思っています。あと、機能の面では、自動撮影を大幅に強化しています。ひとつは他社さんでも増えているスマイル認識ですね。笑顔を検出して自動的にシャッターが切れます。次が手ブレのない瞬間を検出して自動的にシャッターが切れるというものです。
―― これは初めてですよね。
今村 そうですね。業界初だと思います。カメラに不慣れなお客様ですとシャッターを強く押しすぎてブレることがありますが、これはじっと構えているだけで一番ブレが収まったところで自動的にシャッターが切れます。3つめは流し撮りでのオートシャッターです。走っているものをシャッターをずっと流して追いかけていると、カメラを振っている速度と被写体の速度が一致した瞬間にレリーズします。
―― こういう小さなカメラでは流し撮りしづらいですから、いいと思います。
今村 そうですね。4つめは自分撮りですね。カメラを自分に向けている時に自動的に撮れるという機能です。あらかじめ一人なのか二人なのか決めておくと、フレームに人数分の顔が収まったとき、なおかつブレが治まった瞬間にシャッターが切れます。自分にカメラを向けていると液晶モニターが見えませんから、自分が入ってるかよく分からないですね。それと、シャッターを自分に向けているので容易に手ブレが起きてしまう。この両方を解決できます。
―― 笑顔認識ですが、歯が見えるとシャッターが下りる仕組みですか?
今村 いえ違います。確かに歯が見えると笑顔として認識しやすいですが、軽く笑った程度でも認識します。レベル設定ができるようになっていまして、3段階でオートシャッターの敏感さが選択できます。撮りにくいなと思ったら敏感にしていただければ、微笑み程度の軽い笑顔でも撮れます。
―― ブレ検出は撮影の練習にも良さそうですね。ブレが止まったところでシャッターが下りるわけですから、自然とぶれない撮り方を覚えると思います。
今村 もうひとつ新しい提案として、オートシャッターと連写を組み合わせて使えるようにしました。要は、チャンスだと判断すると何度でも撮影してくれます。たとえばブレ検出型のオートシャッターを連写で使うと、動かしている時は撮らないで、止まった時に撮れます。いろいろ楽しい使い方ができると思います。これ(子供たちの笑顔の写真)はスマイル検出と連写の組み合わせです。三脚に据えてグランドにほったらかしで置いただけなんですけど、カメラが勝手に撮ることがわかると、子どもたちがすごく喜んでカメラの前に押し掛けてきて、次々におもしろい表情をしていくわけです。フラッシュをオンにしておくと、撮れたことが分かりやすいようです。
薄いボディをさらに薄く仕上げる
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―― ではデザインですが、従来のEX-Sシリーズとの違いからお願いします。
長山 初号機というか、2002年の「EX-S1」が最初ですが、これでウェアラブル、つまり肌身離さずいつも持ち歩くというのを仕掛けました。それは成功したのですが、時代がたつうちに単焦点では機能的にちょっと寂しい、もう少しほしいというお客様の声をたくさんいただきました。そういう流れで、ズームレンズを採用しながら薄さは変えないというコンセプトで進化させています。現在の「EX-S880」もその流れですが、2.8型ワイドという贅沢な液晶を使ってスペック的にもかなり高いものを搭載している。その結果、こういうサイズになっているわけです。ただ、これは進化の結果であって、けっしてネガティブなものではありません。今回のEX-S10は最新技術や構成を見直すことで、ギリギリまで薄くしようとチャレンジした我々の回答であるということです。
―― すごく削ってあるというか、絞り込んでる感じがします。レンズユニットは従来のものですか?
今村 レンズは新規開発です。CCDも新しい1000万画素ですが、従来のものではこの大きさが実現できませんでした。1/2.3型正方画素というちょっと変わったサイズのCCDです。1/2.5型だと光学性能が達成できない、かといって1/1.8型では小さくできないということで、間のサイズのCCDを採用しました。
―― これでよくレンズと液晶がぶつからないなぁと思います。
今村 従来モデルも十分薄いとは思いますが、17mm強の厚さがあります。EX-S10では15mmピッタリまで薄くしました。CCDとレンズの組み合わせが大きなポイントになって、なおかつ液晶の実装で工夫をすることでこの薄さが可能になりました。
―― 15mmですか? もっと薄く、ぜい肉を削ったようにも見えますね。
長山 デザイン的にも工夫しています。従来からいろいろトライしていますが、EX-S10で特徴的なところは、側面や上面をセンターに走るモールですね。造形的なイメージとしては三枚の無垢の板材を張り合わせたもの。そして中央の金属の板だけがアウトラインに対して少し飛び出して周囲を囲ってるデザインです。この出っぱりが、錯覚かもしれませんが、薄く見えるポイントのひとつではないかと考えています。
―― 上の丸いシャッターとダイヤルが目を引きます。
長山 従来のものはズームボタンを背面に置きましたが、それを今回は上に出しましています。ひとつに、EX-S10は非常に薄いですからシャッターを押しやすくしなけばならない。たとえば従来のですと、シャッターボタンを少し盛り上げたり、スラント形状にして自然に指が掛かるようにするとか、斜め前をカットしてそこにシャッターボタンを置くなどの工夫をしています。薄いものに対して押すという操作はそれだけ大変なわけです。EX-S10のシャッターボタンもできるだけ大きくしたいし、ズームボタンも上に出したかった。この薄さの中に大きな円を収めるのは非常にハードルが高かったのですが、なんとか実現可能になりました。本体の厚みにちょうど接するようにこの円弧が乗っているという、かなり不思議な造形になっていまして、デザインを面白く見せてるポイントにもなっています。
―― 最初からこの薄さを狙ったんですか?
長山 基本的にはそうです。これだけ機能を盛り込みながらこれくらいのサイズにすべきじゃないか、これが理想じゃないかという提案はいつも行なっているのですが、EX-S10の開発段階で審議をしているレベルでは、非常に魅力的だけども当時の技術的な面で実現は難しいんじゃないかという話だったんですね。その後、ユーザー調査のためにヨーロッパやアメリカへ行くことがあったのですが、その時にこのプロポーザル(提案試作)モデルを持ち回って見てもらった。そうしたら、デザイン含めて形状感やサイズ感がすばらしい、ぜひ欲しいと、とてもいい評価をもらうことができた。それも含めて企画や設計に報告しまして、再度検討した結果、なんとかこのサイズ感やデザインテイストを活かしていこうということになりました。
―― 時間的には、EX-S880が市場に出た後ですか?
長山 いえ、デザイン提案はもっと前です。思い返せば2年近く前になりまね。
今村 「EX-S770」の開発時と同じ頃ですから、2006年の頭くらいです。
―― それだけ前だと、当時の技術では大変だというのはあるでしょうね。
長山 そうです。プロポーザルがある種のゴールというか、目標値になったわけです。それがうまく繋がって今回の仕上げになっている。ただ、ただ我々もやみくもに「薄くしろ」と言うわけじゃない。たとえば電池の背をこれだけ低くすればこのサイズに収まるんじゃないかとか、機構的な部分まで踏み込んで提案を行ないますから。
―― あ、本当だ。バッテリーが小さいですね。
長山 液晶のサイズもそうです。見やすさと全体のサイズのバランスをいつも考えています。EX-S10で採用したのは2.7型ワイドですが、プロポーザルよりも大きな液晶になって、ボディはさらに薄くなっています。
―― お話を伺ってると、「技術がここまできたからそれをきれいにパッケージして」というデザインではないんですね。
長山 違いますね。デザインと技術は基本的に同時です。
今村 デザイナーは日頃からいろいろなデザインの提案をしてますけど、開発も同じように限りなく小型化だとか、ローパワーとか、常に追いかけているんです。それをある段階で商品に仕上げていくようなイメージです。
―― EX-Sシリーズ以外にもいろいろありますが、作り方は同じですか?
長山 いろいろ先行させて、形を作りながら提案しながらやっていくスタイルは基本的に同じですが、EX-Sシリーズについては特にそうですね。我々のラインナップの中である種のフラッグシップですから、1年前、2年前から手がけるという先行開発がものすごく重要になります。“EXILIM”の代名詞というか、まさにEXILIMを体現しているシリーズですから、常に100点の答えを出していかなければならない。
日本から発信する“匠”の色
―― カメラはいろいろ使われ方がありますが、どういったシーンを想定してデザインされるのでしょうか?
長山 それもモデルによっていろいろ考えます。EX-Sに関しては、ユーザーとカメラとの関係性を非常に大切にしています。先ほど肌身離さずと言いましたけど、ユーザーにとっては大切な時計であったり、ずっと掛けてる大切なメガネであったり、あるいはレザーの財布、いつもポケットに差している万年筆、ヨーロッパであればシガーセットのようなものであったり。要するに自分にとって重要で、いつも一緒にいるような存在。EX-Sシリーズはそういうものになって欲しいという意図を盛り込んでいます。もちろんコンシューマ製品ではありますが、ある種の工芸品であったり、作品であるといような意識を高めています。たとえばこれは(ポケットからカメラケースを出す)いつも私が使ってるカメラなんですけども、専用に作ったレザーケースなんですね。タンニンでなめしたもので、使い込んでいくといい色になっていく。こういうのを食事やどこかへ行った時にポンと机の上に置いたとき、これを使ってる人はどういうライフスタイルなんだろう、この人はどういうバックグラウンドなんだろうとか、そういった印象を受けると思うんですよね。そういう存在までになってくれればなというのが、このカメラに込めてるメッセージなんです。
―― ここに3種類のカラーがありますが、今回はこの3色ですか?
長山 5色です。従来、「EX-S100」からEX-S880まではどちらかというと「ユーロカラー」をやっていました。ヨーロッパのクラフトマンカラーから印象づけられる色ですとか物作りのイメージで展開してきたわけです。EX-S10ではここまでのサイズが可能になったこともあって、そろそろ日本から発信するテーマとして“匠”というか、日本の伝統文化を切り口にできないかと考えました。我々日本メーカーが作るデジタルカメラが世界規模、世界市場になってる中で、日本からこだわりを発信していこうと。サイズのミニマム化というのも日本の文化ですし、繊細なところも日本特有ですよね。それをデザインでも表現したいと。
―― これは難しそうですね。
長山 色のイメージはそれぞれ一文字で表現しました。たとえば黒いモデルは墨の黒をイメージしていますが、文字で言うと「凛(りん)」です。筆で一挙集中するときの緊張感と、墨の深い黒というようなところを表現している。そのため、これだけは他のモデルと違って光沢にしていません。触ると少し触感も違っています。
―― 本当ですね。極細の粒子というか、サラッとした感じです。キズとか汚れは大丈夫なんですか?
長山 大丈夫ですよ。キズに関しても、膜厚の中できちんと塗装されてますし、耐摩耗性に関しても確認しています。次の赤いモデルは「艶(あで)」。牡丹と言ってますけど、これは織物ですよね。西陣などで見られる細い糸で織り成す独特の光沢感、色味を表現できたと思います。
―― 光の加減でちょっとブルーがかかってるようにも見えます。
長山 はい、織物と同じように微妙に色が変わって見えるはずです。それとシルバーのモデルが「鋼(はがね)」です。イメージの原型は刀。刀は焼いて叩いて焼いてと繰り返して丹念に作られる。それが織り成す色や金属の輝度。それをメッセージとして込めました。
―― これは従来のシルバーと違いますか?
長山 変えています。電着塗装という手法そのものは先代のモデルでも使っていますが、下の生地を磨けば磨くほど電着塗装での色や艶が変わってくるんです。
―― 磨くんですか?
長山 できるだけ金属パネルの生地の状態できれいに仕上げる。手で磨くわけじゃなくて加工の中での磨きですが、それが進化してまして、ものすごくきれいにできるようになりました。ピカピカの生地材を作り上げて、その上に半透明の色がふわっと乗っかるというふうに想像してもらえればいいと思います。下地の生地の金属の光沢感が透けるような見え方になります。
4つめは今日は持ってこれなかったのですが瑠璃色、つまり青色のモデルです。切子ガラスに光が差し込んで映し出される、深みのあるブルーを表現しています。文字は「趣(おもむき)」を当てました。これも和の意識をもたせています。
5つめは白色モデルです。文字でいうと「純(じゅん)」を表現していますが、陶芸家の美意識を映し出す白磁をイメージしています。
―― なるほど。ちょっとすごいですね。
今村 一般の方はメーカーのプロダクトデザインの人間が何をやっているのか、わかりづらいでしょうね。言葉でデザイナーと聞くと、色を決めたり形を造るという作業を考えがちですが、もちろんそれも重要な仕事ではあるんですけども、それだけではプロダクトデザインはできないんです。先程の加工の技術だったり、中身の設計だとか、使われている部品だとか、そういったことまで知らないと提案もできないですから。そのあたりがグラフィックデザインとプロダクトデザインの違いですね。
―― 勉強されるんですか、中身やハードウェアとか。
長山 勉強せざるを得ない(笑)。要するにデザインは外装だけやってればいいんだという時代じゃない。当然設計者も同じで、設計だけやってればいいというわけじゃない。企画もそうです。ようするに全員がどういう商品を作らなければいけないか、どういう設計でどういう形状なのか、それぞれが十分に知っていて、それが合致していかないと製品にならない時代だと思ってます。今回の「EX-S10」はまさにそうです。売れる商品をよく見てみるとデザインも当然いいし、機能もいい、サイズもいい、価格もいい。ようするに全部いいんです。ということは、全員が同じゴールを目指してやっているというところにつきると思います。
―― なるほど。今日はありがとうございました。
撮影:加藤真貴子(WINDY Co.)
まとめ:西尾 淳(WINDY Co.)