アートは心のためにある : UBSアートコレクションより」開期 : 2月2日(土)~4月6日。開館時間 : 10時~22時(火曜日は10時~17時)。入館料一般1,500円、学生(高校・大学生)1,000円、子供(4歳以上~中学生)500円

森美術館の新しい展覧会「アートは心のためにある : UBSアートコレクションより」が2日、始まった。開期は4月6日(土)まで。世界トップクラスの金融グループ、UBSが保有する1,000点ほどのアートコレクションの中から杉本博司や荒木経惟、ゲルハルト・リヒター、ロイ・リキテンスタイン、ジュリアン・オピーらを含む80作家の計140点が展示されている。また、展覧会場にあるギャラリーでは、森美術館の新しい方向性を示す「もうひとつの風景 : 森アートコレクションより」も併催されている。

UBSコレクション最大規模の展覧会

ニューヨーク近代美術館(MoMA)やオーストラリア、メルボルンのナショナル・ギャラリー・オブ・ビクトリアを巡回してきたが、森美術館での展示は、これまででも最大規模のものとなる。また、森美術館ならではのおもしろい試みとして、一部のギャラリーにインターオフィスが提供するオフィスインテリアを置き、実際にこれらのコレクションが銀行内に展示されている風景を追体験できるようにしている。ズラっと並べられたパソコンを使ってアート作品の解説をじっくり読んで楽しむこともできる。

今回の展覧会ではUBSの現代アートコレクションのうち140点が展示された。左は日本でも人気のジュリアン・オピーの作品「オフィスビルを通過する6」、その隣がゲルハルト・リヒターの「都市の絵画」、奥に見えるサラ・モリスの「ミッドタウン、ネオンライトの反射する『ペインウェバー』社ビル」で、描かれているのはコレクションの発端となったペインウェバー社のビルであり、現在はUBSの本社となっている

今回の展覧会でおもしろいのは、UBS社のコレクションが普段飾られている様子を模して、展覧会場にオフィスの風景を再現したこと。日々、作品を特に強く意識することもなく、アートに囲まれて仕事をする様子を来場者が追体験できる。これは森美術館の開館時からのモットー「アート+ライフ」に則したものだという

身体から宇宙へ

展覧会のタイトルは、ボストン生まれのアーティスト、ジョナサン・ボロフスキーの作品「ART IS FOR THE SPIRIT(アートは心のためにある)」から取られている。森美術館シニア・キュレーターの片岡真美氏は、今回の展覧会を企画し、普段はUBSのオフィス空間や会議室に、アート的文脈から切り離されて単体で飾られている作品に文脈をもたせるにあたり、このボロフスキーの作品に着想を得た、と言う。作品ではその中心にアーティストであるボロフスキー本人が描かれ、その下には地球があり、周りには宇宙が描かれている。

左側の作品が、今回の展覧会名にもなったジョナサン・ボロフスキーの作品「ART IS FOR THE SPIRIT(アートは心のためにある)」。3つ目のセクション「ランドスケープから宇宙へ」に飾られている

展覧会も身体、世界、宇宙という流れにあわせ3つのセクションをつくって作品を並べ、似たような背景を持つ作品、相反するコンセプトでつくられた作品などの対比を楽しめるようにしている。例えば最初のセクション、「ポートレイトから身体へ」では、無名な人々のポートレート写真を大判印刷したトーマス・ルフの作品「ポートレート」シリーズと同じく無名な人々をモデルにした小さな木の彫像、シュテファン・バルケンホールの「柱像」シリーズの対比がおもしろい。

最初のギャラリーでは、巨大なトーマス・ルフのポートレート写真とシュテファン・バルケンホールの小さな彫像の対比がおもしろい。どちらもモデルになっているのは、無名の普通の人々。誰もがアート作品になれることを示唆している

UBSのコレクションは、1960年代から約30年にわたって収集されたペインウェバー社の現代アートコレクションが基盤となっている。その後、同社がUBSと企業合併をしたのにあわせ、アートコレクションもUBSに継承された。UBS証券会社の前最高経営責任者のマーク・ブランソン氏は、同社と顧客や社会との新しい関係を構築するためにも、そのアートコレクションを社内に留めず、作品そのものに命を与えようと展覧会を提案し、コレクションの収集もさらに進めることを決めたという。

左から森美術館館長、南條史生氏、UBS証券会社前最高経営責任者で、現グローバル・ウェルス・マネージメント&ビジネス・バンキングの最高財務責任者のマーク・ブランソン氏、森美術館シニアキュレーターの片岡真美氏

最初の展覧会は2005年のニューヨーク近代美術館のリニューアルオープンにあわせて行なわれた。だが、ブランソン氏は、展覧会開催やコレクションの収集を広める決断のきっかけが、森美術館理事、森佳子氏との会話だったと語り、今回の森美術館での展覧会をことさら楽しみにしていたことを明かした。今回の展示内容についても「新たなインスピレーションを与えてくれる展示」と絶賛している。

UBSとの関係が森美術館も変える!?

現在、UBS社では、森氏との会話をきっかけにアジアやラテンアメリカなどの作品の収集にも力を入れ始めているという。今回の展覧会でも、2005年に森美術館で開催された回顧展が大きな話題を呼んだ杉本博司氏ら日本人作家や中国やコロンビアなどの作家の作品も並べられている。

「コレクションを持たない美術館」として有名だった森美術館だが、2005年頃から日本やアジアの現代アート作品を中心としたコレクションをつくりはじめていたことが明らかになった。今回の展覧会、最後のギャラリーでは、それが初披露されている。記者説明会に訪れた南條館長は「作品をただ見て楽しむだけでなく、実際に購入し収集する流れも盛り上がって欲しい」と語った

最後のギャラリーの手前には六本木ヒルズから見下ろす東京の眺望が眺められる休憩スペースが。そこにはアート作品に関するちょっとしたクイズなども置かれており、作品との関係をより深められる工夫となっている

今回の展覧会は森美術館にとってもいくつか新しい方向性を示すものとなった。展覧会最後のギャラリーでは、「もうひとつの風景 : 森アートコレクションより」として森美術館のコレクションが紹介されている。これまで森美術館はコレクションを持たない美術館として有名だったが、これまでの展覧会で関係を築いた作家らの作品を中心に少しずつ作品の収集を始めていたという。

ギャラリーの展示はそのコレクションの最初のお披露目の場となっており、森美術館の企業的背景も反映して都市を表現した作品を中心に並べている。なお、同美術館では、今回の展覧会で関係を築いたUBS社をスポンサーに迎え、2008年から2010年の3年間、現代美術のための講座「MAMアートコース」を始める(詳細は後日、発表予定)。

UBSのコレクションの展覧会は、ニューヨーク近代美術館でも、そのリニューアルを飾ったが、これまで常に現代アートの新領域を探し続けてきた森美術館でも、新しい方向性を斬り開く第一歩を飾ることになりそうだ。