2007年8月のIFAで公開されたカシオの超高速連写カメラがついにベールを脱いだ。秒60コマの高速スチル撮影、300fpsの高速ムービー撮影という、従来にない革命的なデジタルカメラである。開発者にお話を聞くことができたので、お届けしたいと思う。
インタビューに先立ち、先に公開された試作機と製品版である「EXILIM PRO EX-F1」の違いについて簡単なレクチャーを受けた。まずムービー撮影は300fpsが最高ではなく、600fps、1200fpsが可能だとのこと。ただしこの場合は画像サイズが小さくなる。また、フルハイビジョン(1920×1080ピクセル、60field/s)の撮影もできるようになった。スチル撮影の最速秒60コマは試作機同様だが、連続撮影枚数は60コマ(1秒間)に伸びている。また、「スローライブ撮影」「フラッシュ連写」が追加された。外観では上部にアクセサリーシューが、インタフェースにHDMI端子も装備された。
見えなかったものも撮れる超高速連写
--最初にEX-F1開発の経緯をお願いします。
中山 デジタルカメラのマーケットは順調に伸びてきたのですが、ここにきて飽和し始めています。特に国内マーケットがそうなのですが、このままいくと単なる価格競争になってしまう。アメリカやヨーロッパなどの大きな国でも同様ですね。下手をすると業界全体が行き詰まって、疲弊してしまう恐れがあるわけです。それと、コンパクトカメラは液晶が大きくなって薄型でスタイリッシュと、ずいぶん銀塩とは違う、デジタルのいいところを活かした製品になっていますが、デジタル一眼レフのマーケットは銀塩フィルムをデジタルに置き換えただけで、ほとんど用途が変わっていないですよね。伸びているといっても、銀塩ユーザーがレンズの資産を活かしながらデジタルに買い替えているような状況にあるわけです。
お話を伺った中山さんと小野田さん |
元々カシオがデジタルカメラを始めたのも、銀塩からデジタルへの移行というわけでなく、“デジタルならではのおもしろいツールを作ろう”という発想で「QV-10」(1995年発売)を出しました。それから2002年に最初の「EXILIM」で薄いカード型のカメラを作りましたが、これも銀塩の置き換えというわけではない。カシオとしては一眼レフをやる気はないですが、そういったユーザー層に向けて、カシオならではの何かを提案していきたいと、デジタルでしかできないことをやっていこうと思ったわけです。そこで出てきたのが超高速連写、超高速動画の「EX-F1」のコンセプトです。
--非常にマニアックなカメラだと思いましたが、ユーザーとしてはプロを想定しているのでしょうか?
中山 基本的にはプロよりも一般の方を想定しています。誰でも決定的瞬間を撮れるようにしたいということです。試作機を公開してからたくさん問合せをいただいているのですが、半分以上はアマチュアの一眼レフのユーザーさんですね。いままでの一眼レフで撮れないものが撮れるカメラということで、写真にこだわりを持っていらっしゃる方が多いようです。
それと高速連写と同じか、それ以上に評価をいただいてるのが300fpsの動画機能ですね。これも試作機の時には300fpsだけでしたが、EX-F1では600fps、1200fpsの超高速度撮影までできるようにしました。そのぶん解像度が少なくなって、画角も狭くなりますが、本当に目に見えないものまで見えてきます。これになると業務用に近い感覚でしょうね。たとえば昆虫の羽の動きを撮って学校の教材に使うとか、そういったことも可能です。
--こういった新しいカメラを作る場合、目標をどこに置くかという問題があると思います。たとえば秒30コマでも十分速いですが、秒60コマというのは?
中山 ひとつは撮像素子のスペックが最高で秒60コマなので、それを遅くする必要はないだろうと。それといろんなシチュエーションを想定して、スポーツの速さや、昆虫や動物の動きですとか、いろいろ洗い出した結果、秒60コマあればほとんどのシーンが撮影できるだろうと。同時に重要なのが、何秒間撮れなければならいかという問題です。バッファメモリーとの関係で決まりますが、最低必要なのは1秒ぐらいだろうと。そこから秒60コマで1秒というスペックに落ち着きました。秒30コマなら2秒、15コマなら4秒撮れます。
高速連写を使いこなすための工夫が光る
カシオ計算機株式会社 |
--まずスチルですが、超高速撮影でどういった絵が撮れるのでしょうか?
中山 一眼レフのいちばんいいカメラでも秒10コマとか、11コマが最高ですから、これはぜんぜん違います。もちろん画素数は違いますが(EX-F1は600万画素)、普通のユーザーがA4程度にプリントするなら十分な解像度があります。それでいて秒60コマの速さで撮れなかった決定的瞬間が撮れるようになります。たとえば秒10コマでもスポーツの速いシーンは撮り逃がしてしまうことがあります。たとえば野球でボールがバットに当る瞬間ですね。連写のコマとコマの間にその瞬間が来てしまうこともありますが、秒60コマあればまず大丈夫。
小野田 これは(下の写真参照)サッカーのシーンで、野球のバットに比べれば若干遅いですが、秒10コマではミートの瞬間が撮れていないのに、秒60コマあれば足にボールが近づくところ、当った瞬間、離れたところと、全部撮れています。絵として考えると、ミートした瞬間がベストというわけでなく、ちょっとボールが離れたシーンのほうがよいこともありますが、それも撮れています。
--高速連写はバッファに溜めるわけですね。書き込みながら撮り続けることは?
小野田 それは無理です。撮像素子はソニーさんの新しい1/1.8型CMOSを使っていますが、ここから流れてくるデータの速度と書き込み速度がぜんぜん違いますから。エンジンはソニーさんとうちで共同開発のものですが、従来のものに比べて10倍ぐらい速いLSIになりました。
--シャッターを押す前が撮れる「パスト連写」もバッファを使いますね。
中山 はい。ただ、「パスト連写」はどのようにでも設定できます。シャッターを押す前1秒だけでなく、押した後1秒といった撮影もできます。連写は速さだけでなく、シャッターのタイミングも重要ですよね。スポーツなどではレリーズタイムラグも問題になるぐらいですから、プロの方はその瞬間のどのぐらい前でシャッターを押すといったことも経験で知ってられますし、逆にそれを覚えないと撮影できなかった。EX-F1は「パスト連写」がありますから、多少遅れてシャッターを押しても、さかのぼってその瞬間が撮れるわけです。これもデジタルでないとできないことです。
--製品では「スローライブ撮影」が搭載されたということですが、これは?
中山 決定的瞬間を撮るための機能ですが、たとえば空手の達人を相手にするときに、達人が急にゆっくりになったら誰でも勝てますよね(笑)。そんな感じで、世の中がみんなゆっくりになったら何でもできるわけです。そこで“世の中を遅くする”ことを疑似的に行なうのが「スローライブ撮影」です。
小野田 やってることは「パスト連写」と同じです。シャッター半押しした時点で画像を取り込み始め、撮ったものをゆっくり再生します。その状態でシャッター全押しにしてコマを選ぶ分けですが、それを再生モードでやるんじゃなくて、撮影モードのまま、シャッターを押しているのと同じ感覚で操作できることがポイントです。
--何秒ほどスローにきるのですか?
小野田 スローライブ撮影は秒30コマになりますから約2秒間です。
中山 これの何がいいかというと、写真を選ぶという作業がずいぶん軽減できる。たとえば秒60コマでガバっと撮ってそれを1枚1枚チェックするのはすごく大変ですよね。それと全部撮ってるとすぐにメモリーがいっぱいになってしまいますが、その解決策のひとつなんです。「すぐにいっぱいになっちゃいますね」とか、「消すのが大変ですよね」という意見がたくさんいただいてますが、スローライブ撮影ならそれも解決できるし、素人でも決定的瞬間を見ながらシャッターが切れるわけです。
--保存は1コマですか? パストのように前後数コマというわけでは……
小野田 スローライブ撮影の保存は1コマずつです。複数コマの保存はパスト連写や通常の高速連写で可能です。撮った後に再生しながら選んで保存できる。つまり連写でも全てを保存しなくていいということです。
--連写が速いというだけでなく、それにかかわる部分が相当凝ってますね。
中山 そこが我々のノウハウというか、こだわった部分ですよね。単にハードウェアを寄せ集めて作ったんじゃなくて、誰にででも超高速連写の世界を気軽に楽しんでもらいたいと。
小野田 画像の見せ方も工夫しています。連写で撮影した画像はひとつのグループとしてフォルダに収めるようにしました。もちろん画像1枚づつは連番になっていますが、別のタグでグループ化できるようにしています。
--フラッシュ連写というのは?
中山 これはIFA(ベルリンショー・国際民生用エレクトロニクス展)でも好評でした。
小野田 連写に合わせてフラッシュを発光させますが、あまり速いとついてこれないわけです。それで秒7コマ(最大20コマまで)までは通常のフラッシュが発光して、それ以上ではLEDランプで照らすようにしています。ムービーのときもLEDランプが使えます。ただ、人に向けてフラッシュ連写するとすごく眩しいと言われますが(笑)。
--これだけ速いとシャッター速度が長くできないと思いますが、どういったプログラムになっているのですか?
小野田 考え方としては、AE優先とfps(連写)優先とに大きく分かれています。撮像感度やシャッター速度を指定したい場合はAE優先で、その中で可能な限り連写を速くします。fps優先の場合は感度やシャッター速度をカメラ側でコントロールして連写します。その場合ISO感度は最高ISO 1600まで上がります。
--ファインダー(EVF)はどうですか? よく撮影のときに像が止まったりするものがありますが。
小野田 全部映してます。半押しでパスト連写になりますが、その時に像が消失したら被写体を追えませんから、いつも全部見えるようにしています。
中山 最初の試作ではそうでした。秒30コマなら像が動くんですが、秒60コマにすると止まってしまう。これはダメだってことで、設計し直しています。
「H.264」対応の本格的なフルハイビジョン撮影
カシオ計算機株式会社 |
--ムービーですが、高速撮影も秒数が決まっているのですか?
小野田 いや、ムービーはそのまま保存します。SDメモリーカードがいっぱいになるまで連続して撮影できます。
中山 大変だったのは、フルハイビジョンですね。そのためにも高速なLSIが必要でした。これが試作機と大きく違うところで、あの時にはまだハイビジョンは出来てなかったんです。保存データ形式もMotion JPEG(AVI)だったのでメモリーカードがすぐにいっぱいになってしまいました。製品版では「H.264」という圧縮フォーマットに対応しましたが、これが大変だったんです。フルハイビジョンの画像処理に積んでいるLSI以上の速度が必要でした。
--600fpsや1200fpsで画像が小さくなるというのは?
小野田 動画のサイズは、300fps(フルサイズ)で512×384ピクセル、600fpsで432×192、1200fpsでは336×96です。つまり速いほど横長の画像になります。
中山 CCDは上から下まで全部流してきますが、CMOSの特長は部分切り出しができることです。それを利用して高速にしています。もちろんフルサイズの場合は画素全部を使っています。
--ムービーの場合、露出はオートが基本ですね。
小野田 そうですが、300fpsや1200fpsといった高速ムービーに限って、シャッター速度をマニュアルで指定できます。というのも、ムービーというのは動きの連続性のためにできるだけ長いシャッター速度にしますが、それだと1コマづつを見たときに被写体ぶれを起こしてしまう。たとえばこれ(蝶やトンボが飛んでいるシーン)は1/1000秒のシャッター速度で撮っていますが、これならちゃんと羽根が止まって見えます。ちなみに静止画でのシャッター速度は最高で1/40000秒まで速くなります。
--4万分の1ですか!
小野田 まあ、1/40000秒で撮ろうとしたら、相当な光量が必要ですが(笑)。
--高速連写機ならではの操作性というのはありますか?
中山 いくつかありますが、やはり鏡胴先端の「ファンクションリング」でしょうか。撮影しながら連写速度が変えられます。たとえば運動会などでスタートや途中はゆっくり撮影して、ゴール近くになったら連写を速くするような使い方を想定しています。いままでのカメラですと、連写の速さを変えるのにいったん撮影を止めて、モードで変えるという手間が必要でしたが、それだともう走り終わってますよね。それを一連の撮影のなかで変えられるものはいままでなかったと思います。
小野田 ファンクションリングは機能を割り当てられます。ひとつはズームですよね。それとマニュアルフォーカスのピント合わせ。それから連写速度の変更です。連写速度は秒1コマから秒60コマまで連続的に変わります。ただ秒60コマにするとあっという間に撮影が終わりますから、上限を秒30コマなどに制限することもできます。
今回は画質についてはあまり聞かなかったが、見せていただいたサンプルはどれもきれいだった |
--ボディは使いやすそうな大きさですね。
中山 まさにそこを狙っています。男性の手にも小さすぎず、女性の手でも大きすぎないというところです。それとスチルとムービーで別のボタンを設けています。スチルとムービーでモードを切り換えなくても、これを押せばいつでも動画撮影がスタートします。
--やっとEX-F1の概要がわかってきました。最後に「EXILIM PRO」という名についてお願いします。
中山 「EXILIM PRO」という名前ですが、以前の「プロ」シリーズはコンパクトの最上位ということでしたが、今度は全く違って、ハイスピードという用途を開拓していきたいというところです。元々「EXILIM」はラテン語の“eximius”と英語の“slim”を合わせた造語で、“極めて薄い”という意味です。最初はカード型カメラだったんでそれを象徴していたわけですが、その後ズームがついてちょっと厚くなったりと、変わっていきました。ですが「EXILIM」にはもうひとつ、“新しい時代を作っていく”という想いもありました。カード型ではウエラブルカメラ、身につけられるカメラですよね。今度はハイスピードと方向は違いますが、そういった新しい用途を提案するカメラの総称ということで「EXILIM」の名を使っていこうと思っています。常にデジタルでないとできない、新しいことにチャレンジしていくつもりです。
--本日はありがとうございました。
撮影:加藤真貴子(WINDY Co.)
まとめ:西尾 淳(WINDY Co.)