ランエボXは先進メカで固められたスーパーマシンだ。そのメカの代表がS-AWC(スーパー・オール・ホイール・コントロール)といえるだろう。すでにランエボは先代モデルのIXでも高い操縦性を実現するAYC(アクティブ・ヨー・コントロール)を採用していたが、今回はさらにブレーキ制御を追加し、ACD(アクティブ・センター・デフ)、ASC(アクティブ・スタビリティ・コントロール)、スポーツABSを統合制御。この"統合"というのがポイントなのだ。
ヒーローしのいサーキット(栃木県)のピットにずらりと並べられた新型ランサーエボリューションX。スーパーSSTと5速MTはもちろん、ハイパフォーマンスパッケージやプレミアムパッケージを装備したクルマも用意された |
フロントのデザインは迫力満点。さりげないスポーツセダンとして乗りたいユーザー用に、黒いバンパーとグリル部分をボディ同色にした仕様が欲しい |
ランエボXは、プラットフォームはもちろん、エンジン、ミッションなどすべてを一新。それに合わせて車内の通信方法も変更している。現在のクルマはコンピューターとセンサーの塊。いくつも搭載されている各制御系のコンピューターを連携させることで、さらにいろいろな制御が可能になるのだ。ランエボXは車両制御にCANを採用したことで、センサーからのコンピューター、さらにコンピューター同士の通信が飛躍的に速くなり、複雑な統合制御が可能になったわけだ。今まではトラクションコントロールの情報などをエンジンやミッションに十分フィードバックしていなかったが、CANを使うことで緻密な制御ができるようになったわけだ。
ナンバープレートをオフセットさせるのもランエボの伝統。バンパー下奥に見える銀色の大きなインタークーラーに走行風を効率よく当てるのにはナンバーを移動するしかない |
ボンネットの左右に付けられた黒い部分は、エンジンルーム内部からの熱気を排出するエアアウトレット。その奥中央に装備されているのは走行風を取り入れるダクト。ここから取り入れた冷気でターボを冷却している |
エンジンも新世代に生まれ変わった。長年使われてきた4G63型から4B11型2L DOHC MIVECターボに変更。最大のテーマは軽量化だ。4G63型は昔ながらの鋳鉄ブロックで重量が重かった。だが、剛性に優れるブロックのため高過給にも耐えられ、信頼性が高いユニットだったのは事実。そのため4B11型はアルミ化すると同時に、高過給にも耐えられる高い剛性が求められた。結果、単体で12kgも軽量化されたが従来と遜色ない出力を得ている。ファンの中にはランエボXに進化しても、従来と同じ280馬力だったことにがっかりしている人もいるだろうが、はっきり言ってそれは関係ない。ランエボXは十分に速いし、このエンジンも将来的には300馬力オーバーが可能。今回はいろいろな事情があって280馬力に"抑えた"ということなのだ。
ボンネット裏側から見るとエアアウトレットやダクトの機能がよくわかる。タービンはエンジンルーム奥に位置しているため走行風で冷却できないためこのようなダクトを付けている。かなりの高温になるため遮熱板が貼られている |
インタークーラーの設定も効率重視。風が効率よくインタークーラーに当たるようにデザインされていて、左右の透き間をなくしているのは走行風が逃げないようにしているためだ |
事実最大トルクは先代の40.8kgmから、なんと43.0kgmまで引き上げている。いかにポテンシャルがあるエンジンか予想できる。それに新型には新たな武器を装備している。ツインクラッチSSTがそれだ。最近のスーパースポーツに共通しているのは2ペダル化。ドライバーがシフトするよりも速く、効率のいい自動変速でタイムを削るというわけだ。それにターボエンジンの場合は変速時に過給圧が落ち込むことを防止できるため、タイム向上に結びつきやすく、ドライバビリティも向上する。もともとこうしたツインクラッチの機械式ミッションの原型は、ポルシェの耐久マシンで考えられた機構だ。当時もターボの過給を持続させるために考案された。
究極のコーナリングマシン、だれでも手に入れられる速さ!!
それにしても速い!! ランサーエボリューションXはすべてを一新しただけのことはあり、確実に速さを増していた。試乗したのは栃木県のヒーローしのいサーキット。中低速コーナーが多い場所で、従来のランエボIX MRでも試乗しているコースだから新旧の比較がしやすい。第一印象はアンダーステアの少なさだ。ランエボIX MRでも回頭性は素晴らしかったが、ヘアピンコーナーでのターンではアンダー傾向。とくに少しオーバースピード気味で入ったり、ステアリングを切り込みすぎるなどドライバー側がミスすると、クルマ側のメカでもカバーできずアンダーステアになることが多かった。ところがランエボXは鋭くコーナーに回り込める。多少オーバースピードでも、強引にステアリングを切り増してもアンダーステア傾向を示しにくい。明らかにクルマがドライバーのミスをカバーする領域が増えている。結果、コーナーからの脱出するのが速くなり、立ち上がり加速がいい。
これがエンジン奥(バルクヘッド近く)に配置されているタービン。遮熱版でタービン自体は見えないが入念な熱対策が施されている |
オールアルミエンジンに進化したことでエンジン単体で12kgもの軽量化に成功している。パワーは280馬力にとどめられているが将来は300馬力オーバー確実 |
もちろんタイヤの限界能力を超える領域での制御は不可能。スピードオーバーで進入したり、スリップアングルを考えないでステアリングの切り込みなどをすれば曲がらないのは当然だ。だが、こうした領域を大幅に越えない限りランエボXは異次元の速さを味わわせてくれる。ホームストレートから複合コーナーを抜けた先のヘアピンにスバッとノーズを入れ、立ち上がりでステアリングを戻しながらアクセルを床まで踏み込むと体がよじれるほどの加速Gで立ち上がるのだ。サーキットでスポーツ走行をした経験があれば、だれでも同じハンドリングと加速感を味わえるのがすばらしい。
大きなリヤウイングが普通のセダンでないことを物語っている。空力特性が見直され、高速域ではダウンフォースを発生する |
ウイングの角度は調整できないが十分なダウンフォースを発生させるという。機能性はよく理解できるが、普通のセダンに見える小ぶりなスポイラー仕様も用意して欲しい |
こうした動きを可能にしたのは三菱が誇るS-AWC。従来のシステムにヨーレートセンサーを追加し、制御も見直している。とくにタイトコーナーでの制御の精度を上げていて、アンダーステアでは片側だけブレーキを作動させて意図的にヨー(旋回力)を発生させているのだ。これはサーキットでいろいろステアリングの切り込みスピードやアクセルワークを変えてみても、ブレーキ介入でヨーを作り出しているというのがまったくわからない。実に自然でドライバーの操作に対して"懐が深い"ハンドリングを示すという印象。だれでも速く走れる1つのポイントはこうした高度な車両制御メカのおかげだ。
迫力ある左右出しのマフラー。その両側の形状も空力特性を考えたディフューザータイプ。床下の空気を効率よく排出する効果がある |
ブレーキシステムは強力なストッピングパワーを発揮するブレンボ。このブレーキがあるから安心して走れるといっても過言ではない。2ピースタイプのブレーキローター、245/40R18 93Wのハイパフォーマンスタイヤ、BBS製18インチ鍛造軽量アルミホイールはオプション |
ランエボXがだれでも速く走れるもう1つの理由はツインクラッチSST。ATだとなめてはいけない。この2ペダルのおかげで、だれでも速く走れるといっても過言ではない。このミッションはVWグループが多くのモデルに採用するDSGと基本的に同じ。機械式ミッションベースに2つのクラッチを制御することでシームレスな変速を可能にしている。DSGとはクラッチ部分の構造に差があるが、基本的な考えや機能は似たメカだ。ランエボXのスーパーSSTは変速モードが変えられ、3パターンから選べる。市街地はノーマルモードで燃費を稼ぎ、ワインディングなどでは気持ちよく走るためスポーツモードを選ぶ。サーキットはもちろん"S-スポーツ"モードだ。ちなみにS-スポーツモードへの切り替えには制限がある。このモードではレッドゾーン近くまでエンジン回転を引っぱって変速するため、ドライバーが知らないうちにスイッチに何かが当たりS-スポーツに切り替わらないよう車速10km/h以下でスイッチを3秒以上長押しした場合にのみ切り替え可能。知らないで切り替わってしまうとレッドゾーン近くまで変速しないので、ミッションの故障と勘違いされることを防ぐためにスイッチの長押しという操作を入れたわけだ。
フロントフェンダー後部にはホイールハウス内のエアを抜くためのアウトレットを装備。これもオプションのスタイリッシュエクステリアを選ぶとフロントグリルメッキモールやフォグランプ、グリルラスシルバー塗装、バンパー中央部グレー塗装、カラードフードエアアウトレット、ベルトラインメッキモールと合わせてボディ同色になる |
こうしたコックピットにパドルシフトを装備したスポーツモデルに乗ると、どうしてもパドルを操作したくなってしまう。だがパドルシフトを操作して走ると、どうしてもレブリミッターに当たってしまいスムーズな加速が得られない。数周試したがタコメーターがレッドの7,000回転指すと同時にパドルシフト操作すると変速が遅れ、リミッターが作動する。そのためパドル操作ではレッドの手前6,500回転ぐらいを目安にシフトしないとリミッターに当たってしまう。この辺はエンジニアもわかっていて、マニュアル操作時の変速スピードを上げてレッドゾーン近くでのシフトでもリミッターに当たらないように改良するという。
しかし、そんなマニュアル操作はどうでもいいと思わせたのが、S-スポーツでのDレンジ走行。なにしろ自動的に選んでくれるギヤが適切で作動も正確。ドライバーが限界ギリギリで攻める走りでステアリング操作に意識を集中させていても、ダウンシフトは正確だしマニュアル時のようにリミッターを作動させることもない。コーナーを目指して減速をしていくと比較的低い回転数でフォーン、フォーンとダウンシフト。感覚的にはもう少し高い回転域でシフトダウンさせてもいいように思えるが、そこからの加速でもトルクバンドに乗っているため鋭い加速が得られる。シフト操作に神経を使う必要がないので、ステアリングとブレーキ操作に集中できるため、だれでも安定して速く走ることができる。
驚異的な速さでコーナーをクリアできるのが新型ランサーエボリューションX。進入スピードやステアリング操作に大きなミスがなければ、誰でも強烈なGを味わうことができる |
通常の4WDではアンダーを出すところでも、ステアリングを切り増すとノーズがインに向く。これがS-AWCの威力。タイヤの性能を限界領域までクルマが引き出してくれる |
お薦めグレードだが、375万600円と価格はやや高くなるが気持ちいい変速ができるツインクラッチSSTのGSRがいい。このモデルならば通勤にも使え、パートナーがAT限定免許であったとしても運転することができる。通常走行はATで燃費を稼ぎながら楽に走り、サーキットでは走りを十分に楽しむという切り替えができるのが魅力だ。GSRの5速MTはSSTより約25万安い349万5,450円だが、スポーツモデルとしての進化を考えると高くてもSSTを選びたい。モータースポーツ用のベース車両であるRSは299万7,750円と安いが、これは競技用のグレードなので一般ユーザーにはお薦めできない。
コーナーからの立ち上がり加速も強烈。ステアリングを戻しながらアクセルを床まで踏みつければ、体がよじれるほどのGを体験できる |
ブレーキは歴代ランエボと同様にブレンボを採用するためストッピングパワーは十分。コーナリングしながらのコントロール性もよく、不安なくブレーキを踏める。スポーツABSのセッティングがよくサーキットでもその能力を十分に発揮している |
試乗車はナビが装着されていないため、さらにシンプルに見える。スイッチ類は使いやすくていいが、もう少しスポーティモデルらしい演出があってもよかったのではないだろうか |
レカロのバケットシートを装着。このサイド部とヘッドレストが本革でフロントシート座面とリヤシート座面がグランリュクス(人工皮革)になるタイプはGSRにオプション設定のシート。標準仕様も同形状のレカロだがシート地がニットに変更される |
リヤシートはセダンとして十分に使える広さを持っている。とくに足下は従来モデルとは比べ物にならないくらい広くなり、快適性が向上している。サスペンションはそれなりに締め上げられているのでファミリーユースではちょっと辛いが、何とか家族の理解が得られれば使えないことはない |
前後の重量配分を最適化するため重いバッテリーはトランクルームに置かれている |
ウインドーウオッシャータンクもトランクに置かれている |
ホイールハウスをのぞいて黄色いサスが見えれば、オプションのハイパフォーマンスパッケージ装着車。BILSTEIN製単筒式ショックアブソーバーとEibach製のコイルスプリングの組み合わせ |
ノーマルサスでも一般道ならば十分に速いし、操縦性も高い。だが、購入者のデータを見るとハイパフォーマンスパッケージやプレミアムパッケージを装着する人が多い。これらを装着したSSTモデルは400万円前後の価格になる |
丸山 誠(まるやま まこと)
自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングしている。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員