秋は行楽のシーズ。山へぶどう狩りや紅葉狩りに出かける人も多いだろう。ツアーでは大型バスに乗って、こうした楽しい行楽に出かける。じつはこの大型観光バスに試乗する機会を得たのだ。大型バスを運転するには大型免許が必要だが、ボクは残念ながら普通免許しか持っていない。だが、今回は公道ではなく、免許がいらない自動車メーカーのテストコースで思う存分走らせられるという。最新のバスだけではなく、トラックまで試乗できると聞き栃木県さくら市にある三菱ふそうトラック・バス(以下ふそう)の喜連川研究所のテストコースに向かった。
テストコースに用意されていたのはピカピカの豪華大型観光バス"エアロクィーン"。エアロクィーンが15年ぶりにフルモデルチェンジされたため、モータージャーナリストを集めて試乗会を開催したのだ。ふそうの歴史は国産バスの歴史と言っていいほどで、1932年に国産バスふそうB46型を誕生させている。いわゆるボンネットバスでそれから75年たった現在、最新型の大型バスをリリースしたわけだ。初代エアロクィーンは客席の位置が高く見晴らしのいい"ハイデッカー"が台頭してきた1982年に登場し、二代目は1992年に登場。バスは比較的モデルチェンジのサイクルが長いが15年ぶりというのはかなり長いほう。最新の装備と環境性能を備えるためには、このタイミングがちょうどよかったようだ。
美しいデザインがエアロクィーンの特徴。フロント側から見るとガラス部分がほとんどを占めていることがよくわかる |
これは車高が低いエアロエース。低いといってもエアロクィーンの3,520mmより低いというだけで、エアロエースでも3mを超える3,260mmの全高だ |
事実エアロクィーンはバス初の低排出ガス認定車の型式として与えられる"BKG-"を取得している。ダイムラー、クライスラー傘下のふそうは排ガス技術もグループ内のシステムを使い、"アドブルー"と呼ぶ尿素SCRシステムによるNOxの低減を実現している。観光バスも環境性能を向上させないと生き残っていけないのだ。
観光バスは大切な旅にお供するということで、デザインも美しくなければならないが新型エアロクィーンは各部に空力的な処理がされていてなかなか美しい。それとフロントガラスが大きくなっているのも特徴で、着座位置が高いスーパーハイデッカー仕様は車高が高いので、フロントのほとんどがガラスといっていいほど。それとウインドー下端やサイドにはアルミ製のガーニッシュがはめ込まれていて、斬新なエクステリアデザインに仕上がっている。
高級ホテルのようなインテリアデザインにビックリ
大型観光バスのほとんどは運転席用のドアがない。エアロクィーンも同様で普通の観光バスと同じ前側の自動ドアから運転席にアクセスする。ここで驚いたのは、そのエントランス。まるで高級ホテルにある螺旋(らせん)階段のような美しいデザインなのだ。お客様を迎え入れる最初の部分だけにこのインパクトは大きい。両側にはアルミ製のグリップが付けられ、これがデザインのアクセントにもなっている。このデザインは見た目の"美しさ"だけではなく、ユニバーサルデザインを織り込んでいることが高く評価できる。観光バスは乗客の視界をよくするため高い位置まで乗り込む必要があるが、これが子供や高齢者にはつらい。そこで開発スタッフは階段のステップ高を低くすると同時に階段の幅も合わせ、スムーズに乗降できるようにしている。さらに両側に付けたグリップを持つことで安全性も確保できるというわけだ。
エントランスで驚いたが、通常見えるはずの運転席が入り口からは見えない。実はエントランスの途中のドアを開けると運転席に入れるというデザインになっている。運転席に座るとかなり視線が低いことに気づいた。乗用車と大差なく、大型ミニバンより低いくらい運転席は低い。先代より運転席は60mmも下げられていという。これはドライバーの要望による変更だと言うから意外。通常大きなクルマはアイポイントが高いほうが見晴らしがよく、運転しやすいと思っていたからだ。ふそうが得意とするサスペンションシートも新型には採用されていない。バスは乗り心地を重視しているためサスペンションが柔らかく、シートにサスを付けるとシートの揺れがより大きくなってしまうことがあるため採用を止めたという。
上から見ると曲線でデザインされたエントランスであることがよくわかる。階段の幅も同じにしているため躓きにくい。階段途中のドアを開けると運転席に入ることができる |
運転席を上から見るとラウンド形状にデザインされていることがわかる。バックモニターも付いているため、バックも楽にできる |
スタートするときに気づいたが、このバスはクラッチペダル付きのMT車。最近は大型トラックでもATが多く、MTでも発進時だけクラッチを操作すれるだけで後は自動シフトするセミATの普及が進んでいるが、エアロクィーンは全車MTだけの設定だという。以前ATも設定したことがあるが大型観光バスのドライバーはMTを好むようで、売れ行きが悪かったためATを設定しないのだとか。操作系は意外に軽い。クラッチも乗用車と大差なく、スポーツカーのそれよりも軽いくらいだ。ステアリングのすぐ横に付けられているシフトレバーを1速に入れると、あっけないほどレバーがスムーズに動く。これは"フィンガーコントロール"と呼ぶシステムで、文字どおり指先で扱えるほどシフトレバーを操作しやすい。このレバーは単なるスイッチで、実際のミッションの変速はリモコンで行われている。
クラッチを徐々に放すと極めてスムーズに巨体が動き始めた。アクセルを踏み込むと乗用車並みの加速ができる。もちろん乗客がいないため重量が軽いこともあるが、動力性能は乗用車並みに高いようだ。タコメーターを見ながらシフトアップをすると、やはり大型車であることを気付かされる。なんとレッドゾーンは2,100回転から。常用回転域は1,000回転前後だ。乗用車ならディーゼルでも最近は5000回転ぐらいは回る。ガソリンならば9000回転まで回せるスポーツカーもあるが、直6 1万3,000ccの大排気量エンジンではこれが精一杯だ。それにしてもコモンレールターボのエンジンは極めてスムーズだ。ミッションもシンクロ機構が付いているため昔ようにダブルクラッチを踏む必要はなく、素早いシフトでもギヤ鳴りせずに加速していく。
テストコースでは高速巡航時の100km/hで走ったが、この速度域では余裕の走りでパワーがかなり余っている感じだ。80km/hに落としてからの再加速でもバスとは思えない力強さ。それもそのはずで420馬力、トルクはなんと185kgmもあるのだ。高速時の乗り心地も最高で、観光バスにありがちな大きな前後の揺れ(ピッチング)がキッチリと抑えられているのでドライブしていて楽しい。こうした感覚は安全のためにも重要なこと。ドライバーが疲れにくいクルマは、それだけ運転ミスが少なくなるからだ。
最新バスの走行性能は乗用車並み。行楽にバスで出かけるなら、最新バスを使ったツアーを見つけることをお薦めする。それは快適性だけではなく、旅の安全にもつながるからだ。
バスガイドさんの快適性と安全性にも考慮したのが新型の特徴。エントランスの途中には専用のシートが収納されていて、衝突時の安全のために3点式シートベルトを装備している |
両側にグリップがあるのでとても乗降しやすい |
バスガイドさんが安心して乗客側に向いていられるように、折りたたみ式のガイドサポートを新設。万が一、後方に向いている状態で急ブレーキを踏まれても、このガイドがあれば転倒しない |
前から見るとガイドサポートを使っていることは乗客にはほとんどわからない |
サイドに見える銀色の箱がリチウムイオンバッテリー |
スーパーグレート。大型トラックに試乗したのは2回目だが、その大きさを感じさせないほど運転がしやすい。現在の大型車はスピードリミッターが作動するのでメーター読みで90km/hまでしか出せないが、クルーズコントロールを使えば速度一定のままどこまでも走り続けられる。直進性がいいため快適にドライブできる |
大型トレーラーにも試乗した。コースで車庫入れをしたが、キャンピングトレーラーを持っているので大型トレーラーの車庫入れは簡単。トレーラーの車庫入れは、最初普通のクルマと逆にハンドルを切り、トレーラーが曲がってからハンドルを戻すので慣れが必要だ。同業のジャーナリストは車庫入れに苦戦する人がほとんどだった |
車庫入れなどと発進時だけクラッチ操作するが、その後は自動的に変速するセミAT |
丸山 誠(まるやま まこと)
自動車専門誌での試乗インプレッションや新車解説のほかに燃料電池車など環境関連の取材も行っている。愛車は現行型プリウスでキャンピングトレーラーをトーイングしている。
日本自動車ジャーナリスト協会(AJAJ)会員
RJCカー・オブ・ザ・イヤー選考委員