3人の伝説的な偉人たち
これまでは企業自体にクローズアップして事例を見てきましたが、次にアバター個人に着目し、SLで成功した有名な3人の事例を紹介します。
Anshe Chung
SLにおけるビジネスを語る場合、Anshe Chungの存在を忘れるわけにはいきません。 Ansheは2004年にSLでの土地ビジネスを開始し、約2年半で100万ドルの資産を築き上げたといわれています。彼女の設立した企業Anshe Chung Studiosは60人もの従業員を雇用し、今やSL以外のヴァーチャルワールドでも事業を開始しています。
それ以前のAnsheの履歴をさかのぼると、彼女は他のMMORPGを多くプレイしており、ゲーム内仮想通貨による資産を作ることに長けていたプレイヤーだったようです。ただ、SLが他のMMORPGと明らかに違った点は仮想通貨(L$)をリアル世界の通貨へと換金可能である、正しくは「換金することが正式に認められている」という点でした。
この件については多少説明が必要かもしれません。 他のMMORPGでもゲーム内仮想通貨を誰かに売ってリアル世界の通貨を入手するということは行われています。これはRMT(Real Money Trade)と呼ばれており、一般的なのは売り手のプレイヤーが入手したゲーム内の貴重なアイテムを、リアル世界の通貨を対価としてその買い手のプレイヤーに譲る、といった行為です。 ただし、このようなプレイヤー間のRMTは実際にはほとんどのMMORPGの規約で禁止されており、ゲーム内仮想通貨をたくさん保有してもリアル世界の資産へと還元することは不可能です。
SLはRMTを正式に認めています。L$はLinden Labのシステムや、他のサードバーティのシステムを使ってUSドルと交換できます。仮想通貨を稼ぐことでリアル世界の資産を築くことが合法的に可能になったのです。
Anshe Chung Studiosのホームページなどによると、AnsheがSLでビジネスを開始した動機は「SLで活動することによって得られる収益で1人の少年の生活をまかなうことはできるだろうか」というものだったといいます。 Ansheは最初はファッションのデザインやアニメーションの制作などを行っていましたが、やがて不動産ビジネスへと参入します。 Ansheの手がけるSL内での土地のブランド名が「Dreamland」です。Dreamlandの特徴は、その土地の個性とルールが明確なことです。DreamLandの土地には「ゴシック」「アジア」「商業」などいくつかの種類がありますが、これらは全て、明確な用途とデザイン、規約、サポートなどに守られています。SLは自由度が高いがために各プレイヤーがばらばらに無秩序に活動しがちで、土地のトータルな秩序や美観が損なわれる傾向にありました。Dreamlandはそこを用途別に徹底して分け、住人の支持を集めたのです。また、Dreamlandの中には、ある程度の土地開発を施した後に販売することで付加価値をつけているものもあります。
比較してみると明らかですが、Linden Labが区画に区切って販売するメインランドといわれる地域と、Anshe Chung Studiosが販売するDreamlandの景観の違いは一目で分かるほどです。規約が厳しいなど、Dreamlandはメインランドと比較して一長一短がありますが、DreamlandはSLにおいて重要な役割を果たしているのは間違いありません。
余談になりますが、日本人コミュニティとして有名な桃源郷(SIM名:Togenkyo)はAnshe Chung Studioが日本人向けに提供している土地で、Dreamlandの一部です。
Aimee Weber
Aimee Weberはおそらく、SLで最も有名なアバターの1人です。彼女のホームページの自己紹介欄には「建築、テクスチャー、ファッションデザイン、プロジェクト管理、仮想世界のマーケティングにおいてSLで最も優れているうちの1人と目されている」とありますが、それは決して誇張ではありません。AimeeはPREENといわれるファッションブランドをSL内で展開していましたが、やがて多くのプロジェクトに参加するようになります。
以下は彼女が参加したプロジェクトの一部です。
- 2006年7月にアメリカ癌協会が行ったバーチャル版「Relay For Life」のプロジェクトマネージャーを務め、26人にものぼるスタッフを動かしてイベントを成功に導きました。
- 国際連合による「Stand Up Against Poverty(貧困撲滅に向けて立ち上がる)」のサポートを行い、ロックバンド「SUGARCULT」のライブを行うなどしてイベントを盛り上げました。
- 夜のNewYorkを模したコンセプトSIM「Midnight City」のプロデュースを手がけました。ファッション店舗、カフェ、ダンスクラブ、スラム街などが立ち並ぶビル街は一見の価値ありです。今となってはやや古めかしさがあるものの、少し以前まではSLにおけるコンテンツ制作事例の中でもトップレベルのクオリティを持ったSIMでした。
- 2006年3月、サンフランシスコの子供向け博物館「Exploratorium」と共同で、トルコの日食の時期に合わせて日食のメカニズムをSL内で解説するイベントを実施。彼女はこのほかにも物理事象を扱った教育的イベントを多く企画・実施しています。
このように彼女の関わったイベントは多くありますが、彼女が成し遂げたことの中で本稿に関連して最も重要なプロジェクトは、カジュアルファッションブランド「American Apparel」の参入支援事業です。2006年6月、AimeeはAmerican Apparelの仮想店舗をSL内にオープンする、と発表しました。実はこれがSLにおける最初の企業進出事例であるといわれています。
American Apparelの店舗はLerappaというSIMに現存しています。テレポートすると、南国風の小さな滝と泉のあるエリアに降り立ちます。そこから道伝いに50メートルほど歩いたところに店舗があります。建物は東京に実在するリアル店舗を模したもので、中にはリアル店舗で売っているアイテムが陳列してあります。右クリック→Buyを選択するとSLのアバター向けのアイテムを買うことができ、左クリックするとWebの通販ページへと飛ぶ仕組みです。商品紹介パネルのアバターのモデルがAimee自身であるのがなんとも微笑ましいです。この仮想店舗でアイテムを購入すると、リアル店舗での購買が15パーセント割引になるコード番号がついてきます。これは残念ながらすでに利用期限が終了していますが、SLでの購買とリアル世界での購買をリンクさせる初のプロモーション事例として非常に興味深いです。
余談になりますが、リアル世界に関わる面白いエピソードを持っているのが、Aimeeのチームメンバーであるスクリプター、Catherine Omegaです。LSL Wikiの設立にも携わったCatherineですが、「Second Life Official Guide」によると、彼女がSLで活動を始めた当初、リアル世界ではホームレスで、PCショップのゴミ捨て場からパーツを集めてデスクトップコンピュータを作り、当時潜んでいた廃墟アパートでコーヒーの缶を使って無線インターネットを送受信しながらSLで活動していたというのです!。今現在彼女がどういった生活をしているかは定かではありませんが、世界のどこにいても、どんな状況にあっても、そこそこのスペックのコンピュータとインターネット回線がありさえすればSLで創造的な活動に参加でき、大きな仕事を成し遂げられるということを示している典型的なエピソードではないでしょうか。
Kermitt Quirk
現時点では、SLで生まれたものがリアル世界へと持ち出され、ヒットしたという事例は数えるほどしかありません。そんな中、最も多く引き合いに出される事例が「Tringo」というゲームと、その作者であるKermitt Quirkです。
Tringoは落ちものゲームとビンゴを組み合わせたようなシンプルなゲームです。Tringoは1人でも大人数でも遊べます。プレイヤーはまず、5×5マスの空白のボードを与えられます。ここに順々に現れるピースを当てはめていきます。2×2、2×3、3×3の塊を作れるとそのマスを消すことができ、それぞれ5点、10点、15点のスコアが与えられます。これを繰り返しながら全部のピースが一巡したら終了で、最終的なスコアを競います。
実際プレイしてみると分かりますが、Tringoはきわめてシンプルで、かつ奥の深いゲームです。この分かりやすさと適度なギャンブル性によってTringoはSL中でヒットしました。SLの多くのイベントでTringoはプレイされています。やがてTringoはリアル世界のゲーム会社によってライセンスを買い上げられ、2005年11月には海外でゲームボーイアドバンス用のソフトとしてもリリースされました。
これはSLにおける典型的なサクセスストーリーの1つですが、ポイントは、SLという世界がコンテンツの制作者に対して知的著作権をしっかりと保証していたからこそ、Tringoはうまくいったということではないでしょうか。