細胞で構成するバイオプロセッサの可能性
例えば、ある細胞が20分ごとに分裂を繰り返すとすると、もとは1個の細胞が1日で272、おおよそ5×1021倍に増える。現在のマイクロプロセッサのトランジスタ数は最大でも109程度なので、これの1兆倍以上の素子数となる。
個々の細胞の処理速度は遅いものが、その機能はトランジスタ単体よりも高い。このような多くの細胞で情報を並列に処理できれば、安価で強力なプロセッサを実現できる可能性がある。
汎用的なシーケンシャル処理を実行するのは難しいだろうが、ある種の並列処理には向いている。本セッションでは、光に反応するタンパク質の生成物質を拡散して隣接する細胞に伝達し、隣接する細胞で微分処理を行うことにより、画像の輪郭抽出を行うという例が示された。
また細胞のアウトプットは、単なる1と0のデジタル信号ではなく、回路の構成によって、さまざまな作用を持つタンパク質を出力することができる。今はまだ夢のような話だが、適切に設計された細胞を組み込めば病気の発作が起こりそうな条件を検出して、発作を鎮める化学物質を生成させるということも可能になるかもしれない。
そのためSynthetic Biologyは、単なる合成的生物学という学問にとどまらず、工学的応用という観点で熱い注目を集めている。
Synthetic Biologyは新技術の夜明けとなるか
今回のDACでは、次のように4人の発表者からSynthetic Biologyの現状と可能性についての発表が行われた。
36.1 Synthetic biology: from bacteria to stem cells
36.2 Engineering synthetic killer circuits in bacteria
36.3 Programming Living Cells to Function as Massively Parallel Computers
36.4 Synthesizing Stochasticity in Biochemical Systems
これら発表は、すべて大学の若い研究者らによって行われた。そのせいか、Synthetic Biologyは若い学問であるという印象を強く受けた。
筆者はこの分野の素人なので、残念ながら発表内容の解説はできない。あえて聴講した印象をLSIにたとえてていうと、"Jack Kilby氏が集積回路を発明した直後"という感じである。このSynthetic Biologyは、30年~50年後には大きく社会を変革する可能性をもっているかもしれない。