背景には、米国連邦通信委員会(FCC)とATSC(Advanced Television Systems Committee)による規制強化がある。FCCは、今年3月1日から、米国に輸入されてくるTVに対して規制をかけている。規制要件は、デジタルTVでなくてはならないこと、13インチ以上のものならばATSC規格を満たさなくてはならないことの二点。中国TVメーカーの対米輸出は、この規制によりにわかにブレーキをかけられた。
中国TVメーカーのほとんどはATSCメンバー企業ではなく、デジタルTVに関するATSC規格の策定プロセスに何ら貢献もしなかった。そのため、ATSC規格を満たすためには、中国TVメーカーとして、ATSCメンバー企業に対し特許使用料を支払わなくてはならないことになったのだ。
TCL集団董事長で、中国の経済産業界で名高い李東生氏によれば、中国TVメーカーが素直にATSC規格関係の特許使用料を支払うならば、一台当たりで30ドル、総額約10億ドルに上るという。中国TVメーカー全体の年間利益額が約30億ドルであるため、利益総額の1/3が特許使用料で消えてしまう計算となる。
ただでさえ中国のTVメーカーの輸出利益は価格競争の激化、特許使用料の増加などにより薄くなってきている。たとえば、中国TV輸出量の七割を占める広東省の場合、昨年の輸出台数は2005年より127%も増加したが、輸出金額の増加率はほんの28%に過ぎなかった。利益幅が急激に低くなってきているのだ。また、浙江省の最新統計によると、今年1月、2月の二カ月間に、同省のTV輸出平均価格は25.9%も低下した。長虹集団の年間報告では、同社の輸出総額は2006年に25.6億元に達し、対前年比で14%増となったが、利益貢献はほとんどゼロに近いはずと業界筋は証言する。
中国のTVメーカーをめぐる経営環境の悪化は、それだけではない。2005年7月から人民元の切上げが水面下で進んできており、対米ドルレートが大型連休の直前に7.71元を突破、7.7055元をマークした。2005年7月時点から通算すると、元高幅はすでに5.25%に達している。中国TVメーカーの海外市場での競争力と収益力が、こうした元高によりさらに弱められてきているというのが大方の見方だ。輸出利益の減少要因として人民元の切上げを挙げたTVメーカーは長虹以外にも夏華、海信、康佳、創維、TCLなど数多い。
輸出価格の低下、特許使用料の増加、人民元の切上げなどにより、ブラウン管TV、液晶TVの輸出利益がともに減少、いわば赤字直前のところまできている。こうした状況下で巨額の特許使用料という難題が突きつけられたわけで、中国TVメーカーにとっては、当然受け入れ難いものだった。しかし、だからといって、簡単に米国など海外市場から撤退するわけにはいかない。
冒頭で紹介した広州交易会の場で、米国バイヤーからの注文をそのまま受けてしまえば、特許使用料と元高で、良くて利益減少、下手をすれば赤字のリスクを犯し、特許無視で輸出を強行すれば特許侵害で訴えられるという二つの選択肢しかない。当然どちらも中国TVメーカーにとっては耐え難いものだ。そこで、広州交易会でのTVメーカーが軒並み欠場という事態に至ったわけである。